先日、従業員が住宅街にある弊社に帰社中、突然飛び出してきた男性をはねてしまいました。幸い、低速だったので男性の怪我は大したことはなかったはずなのですが、事故以来、頻繁に来社するなど執拗に損害賠償の請求があり、こちらも辟易し、怪我の割には多額の損害賠償額を支払いました。後日、男性は当たり屋行為を繰り返していたことが判明し、警察に逮捕されました。このような場合、わが社が支払った損害賠償額の返還や、業務妨害による損害賠償責任を問えるでしょうか?
まず、わざと車両等にぶつかるなどして交通事故を装い、傷害を負ったとか、物が壊れたなどと因縁をつけて金員を取ろうとする、いわゆる当たり屋行為は、犯罪であることを確認しておかなければなりません。
当たり屋行為にはいろいろなパターンがあり、必ずしも歩行者ではなく、自転車や自動車でわざとぶつかる(ぶつけさせる)などで、故意に事故を誘発させることが大半です。
車両等との接触が実際に生じることが多く、一見、普通の交通事故と区別がつかないような態様で行われることもあります。
そのため、こちらにも前方不注視などの過失が認められるような場合には、気づかれず交通事故として処理されてしまうこともありえます。
事故が生じた時に、たまたま脇見をしていて、ドライブレコーダー等にも映っていなかったような場合、いわゆる当たり屋行為であると証明できる根拠等もないため、相手の主張に根拠をもって反論等をすることができないような場合もありえます。
当たり屋行為をする者の主張は、単純にけがをしたというものだけではなく、例えば元々壊れていたスマートフォンなどを接触した拍子にわざと地面に落として、故障したと主張して修理代金等を請求するなどの手口もあります。
また、当たり屋行為によって、高額の金銭的な請求をされることもありますし、数万円程度までの比較的少額を請求される事例もあります。
少額の場合、被害者(当たり屋行為をされた者)にとっては、それくらいの金額で済むなら警察に通報等して時間を取られるより、支払ってしまった方が良いのではないかという心境になりがちであり、そこに付け込む手口であるといえます。
しかし、それだけで済むという保証はなく、一度支払をしてしまったことにより、その後も請求がされ続けるような場合も考えられますので、請求額の多少にかかわらずきちんとした対応をすべきです。
当たり屋行為は、自らがあえて生じさせた行為によって損害を主張し、事故の相手や保険会社、場合によっては裁判所を騙して支払等をさせるものですので、基本的には人を騙して金員を詐取する行為であるといえ、刑法上の詐欺罪(246条)が成立します。
また、社会通念上一般に認容すべき範囲を超えるような態様で、害を加えることを告知したり、暴行を振るって支払をさせたりするような場合には恐喝罪(同法249条)が成立します。
そのため、当たり屋行為をした者が金銭等を請求する場合においても、相手に対して害を加えたり、暴行をふるったりするなどの行為があれば、同罪が成立することもあります。
また質問のように、毎日のように頻繁に職場に来るなどの行為は、その程度が威力を用いて人の業務を妨害する行為と評価されるようなものであれば、業務妨害罪(同法234条)が成立することも考えられます。
なお、恐喝罪や業務妨害罪の場合は、その請求内容自体が正当な権利行使である場合でも、行為態様が恐喝や業務妨害に該当するようなものであれば成立すると解されていますので、請求行為自体が人を畏怖させるものであったり、業務を妨害したりするような態様の場合には、請求内容の正当性の当否にかかわらず犯罪が成立するものと考えるべきです。
以上のような当たり屋行為に対して、まず必要なのは、通常の交通事故の場合と同様、運転者の義務を果たすことです。
すなわち運転者は、運転停止義務、救護義務、危険回避義務を負い、そして警察への通報義務を負います(道路交通法72条1項)。
特に最後の警察に通報することは重要であり、当たり屋行為が行われた場合、いろいろと理由をつけて警察への通報をさせないような働きかけが行われることもありますが、その場で当事者だけで示談等をすることは避けるべきであり、必ず警察に通報して事故として扱われるようにすべきです。
その場で示談等をして解決することは、道交法上の通報義務等を怠ることにもなり、そのことにつけ込まれてさらに金銭の請求がなされる場合もあります。
また、ドライブレコーダーや周辺の防犯カメラ、目撃者の確保など、証拠となるような事情の確認なども行っておくべきといえます(ただし、目撃者も当たり屋の仲間であるようなパターンも考えられますので、まずは客観的な物的証拠がある方が望ましいといえます)。
更に、金銭的な請求の内容については、その内容の根拠資料等を確認するようにし、恐喝行為や業務妨害等に対しては、毅然と拒否等する対応をすべきですし、そのような行為を相手が行っていることを録画録音などで記録化しておいても良いでしょう。
もちろん任意保険会社や弁護士などを通じて交渉することも選択すべきといえます。
当たり屋行為が詐欺であったことが判明した場合には、支払わされた金員は、詐欺によって被った損害であることから、不法行為に基づく損害賠償請求をすることが可能です。
通報した記録や、確認しておいた客観的証拠、あるいは相手の態度などの事情は、この場合に有利な証拠として利用することも可能です。
また、恐喝行為や業務妨害に相当する行為が行われた場合には、仮にその請求内容が正当なものであったとしても、行為自体が不法行為を構成するといえますので、恐喝行為や業務妨害によって被った損害についても損害賠償請求を行うことは可能です。
この場合には、まだ金員を支払っていなくても、当該行為に対する慰謝料の請求等を行うことは考えられます。
具体的な損害額の算定は、困難な場合もありますが、そのような行為がなければ支出や減収がなかったというような事情がある場合には、その相当額について賠償請求は可能と考えられますし、恐喝や業務妨害の態様によっては、それによる精神的慰謝料の請求をすることもありえます。
そもそも恐喝行為や業務妨害行為が行われたのであれば、詐欺が判明するかどうかにかかわらず、そのような行為がなされた時点で警察に通報して対応を求めるべきといえます。
裁判例には、あからさまに事故の被害者を当たり屋であるとまでは言い切らないものの、事故態様や当事者の態度などから、損害自体が発生していないと認定したり、被害者が故意に事故を生じさせた疑いがあるなどと判断したりした事例があります。
以下に、3つの裁判例を紹介します。
1つ目は、大阪地方裁判所平成29年1月13日判決は、急制動をしたタクシーに後続車が追突した件です。
同事件において裁判所は、後続車の過失を認めつつも、従前より同様態様の複数の追突事故に遭っているタクシー運転手が、後続車の運転手から損害賠償金を得る目的で、信号機が黄色に変わった際に制動措置をとって後続車の運転手の過失による追突事故を招いたものと認定しました。
その上で、タクシー運転手に本件事故を惹起する意図があり、損害は物的損害のみであるが自身の車両の損傷を容認していたと評価しうるとして、損害賠償請求が権利濫用に当たるとして請求を棄却しました。
2つ目は、横浜地方裁判所令和3年5月26日判決は、郵便局の駐車場内において、歩行者が駐車のため後退中の車両に衝突されて受傷したと主張し、損害賠償を請求した事案です。
しかし裁判所は、歩行者の供述が聞かれる度に不自然に変遷し、ぶつかった車の部分がどこかの供述まで変わっていることや、歩行者があえて歩速を上げたことを目撃した者の供述内容、本件事故直後、歩行者の身体及び車両には、いずれも衝突の明確な形跡がみられなかったとしました。
更に歩行者に外傷性の他覚所見はなく、診断や治療も専ら主訴に基づいてなされ、さしたる治療も行われず、症状の変化も特段みられなかったことなどを挙げて、歩行者の身体が車の運行に起因して接触したとは認め難く、受傷の事実を認めることもできないとして請求を棄却しました。
同判決に対しては控訴、及び上告もされましたが、いずれも結論は維持されています。
最後に3つ目の和歌山簡易裁判所平成28年7月25日判決は、刑事事件における判断です。
この件で被告人は、自動車を運転し、交差点入り口の停止線手前で一時停止後、左折進行するに当たり、横断帯を左から右に横断してきた自転車の被害者の前で、急制動の措置をとったが、被害者を驚愕させて同自転車ともども路上に転倒させ、手の親指の関節剥離骨折等の傷害を負わせたとして訴追されました。
しかし裁判所は、証拠を慎重に吟味し、双方の供述の信用性を検討し、被告人の供述の信用性を認める一方、被害者とされる者の供述に疑問を呈し、同人が2年以内に被害者として5件もの交通事故に遭遇していることや、本件の転倒状況の不合理性・不自然性を指摘した上で、「不注意な運転行為によって被害者を驚愕転倒させて負傷させた事故と認めるに足りる証拠はない」として、無罪としました(検察官は控訴せずに確定しています)。
いわゆる当たり屋については、必要とされる注意を払い、安全運転を心懸けるにより、避けられる可能性は高くなります。
万一事故になった場合でも、誠実に行うべき運転者の義務を果たすことや、適切な証拠保全の対応を行うことにより、被害自体を最小限にする可能性が高くなります。
そのため、安全運転や事故時の対応については、常日頃から確認しておくことが重要といえます。
執筆 清水伸賢弁護士
No.1078 安全管理のトラブルから事業所を守る(A4・16p)
本誌は、事業所の安全管理業務を行うに当たり、様々な法律上のトラブルから身を守るために知っておきたい法律知識を清水伸賢弁護士がわかりやすく解説する小冊子「安全管理の法律問題」の続編です。
経営者や管理者が正しく法律知識を身につけ、対策することで、事業所全体の安全意識の向上へとつながり、交通事故を始めとした様々な法律上のトラブルが発生するリスクも低減することが可能となります。
(2021.12月発刊)
No.1053 安全管理の法律問題(A4・16p)
本冊子は、事故・トラブルとして6つのテーマを取り上げ、使用者責任や運行供用者責任といった事業所にかかる責任の解説をはじめとして、経営者や管理者として知っておかなければならない法律知識を清水伸賢弁護士がわかりやすく解説しています。
法律知識を正しく理解することで、事業所の問題点を把握することができ、交通事故のリスクを低減することができます。
(2017.12月発刊)