トラック・バス・タクシーなど事業用自動車の運転者の働き方改革が施行されて2か月が経過しました。環境の変化が、運転者にどのような影響を与えているか、配慮しておきたい時期です。
運転者の労働時間が減れば、負担が軽減するといった単純な構造ではなく、プロドライバーの置かれた環境への理解が必要です。
労働時間の短縮に伴う収入の減少や、効率化などの圧力があって、運転者のストレスが高まっている可能性があります。
トラック・バス・タクシーや事業所内の配送・送迎部門の運転者は、人手不足の問題が続いています。
以前から、心身に悩みがあっても、なかなか「休みにくい」「相談しにくい」と言われていますので、注意が必要です。
また一般の営業マンなどでも、「5月病」「6月病」と呼ばれる症状が現われてくる時期です。
新入社員や配置転換のあった人の中には、新しい環境になじめず、無気力になったり不安や体の不調を感じて、運転業務に集中できなくなる恐れがありますので、配慮しましょう。
●家庭のトラブルで悩み、漫然運転となる
2021年(令和3年)7月14日21時22分頃、山梨県にある中央自動車道の緩いカーブ地点で、米穀等約7千kgを積載した大型トラックが、渋滞で停止中だった車列最後尾のトラックや乗用車に多重追突する事故が発生しました。
この事故で、乗用車の運転者と同乗者の2名が死亡、他の同乗者も重傷を負い、トラックの運転者など2名が軽傷を負う大事故となりました。
事故を起こしたトラック運転者は、事故の約2か月前から離婚話などが出て、大きな心理的ストレスを抱えていました。
事故現場では、比較的道路が空いていたことから考え事をしながら運転を続けて集中力が低下し漫然運転の状態となっていたため、渋滞に気づくのが遅れて追突したと思われます。
事故を分析した国土交通省の事業用自動車事故調査報告書はこのストレスを重視し、
「安全運行のため、運転者が運転に集中できることが重要である事実を認識し、上司や同僚に悩みごとなどを相談し、問題解決への取組みができる、風通しの良い職場環境を醸成するとともに、積極的にストレスマネージメントの支援を行っていくことが重要」
と指摘しています。
※事業用自動車事故調査報告書 №2122201.
2022年(令和5年)9月22日公表資料より
●運転者の話を聴く機会を設ける
仕事先での問題や職場の人間関係、あるいは家庭での悩みなど、個人のストレスを管理者が簡単に把握し、すぐに解消することは容易ではありません。しかし、運転に支障が生じる程の悩みの場合、何らかの対応が求められます。運転業務を減らすことが必要かも知れません。
そこで、少なくとも問題を1人で抱え込まないように、運転者とのコミュニケーションの機会を設けていくことが大切です。
プロ運転者は働き方改革というテーマがありますので、この春以降、荷主や取引先、乗客などからどんなことを言われているかなど、運転者と簡単な懇談会を開いてみませんか。
「荷主にこんなことを言われた」「こんな改善(改悪)があった」「乗客は労働時間の短縮を知らない」など様々な意見・情報が聞かれるでしょう。
話しやすい雰囲気を作り、個々の運転者との交流を深めましょう。「乗客の理解が低い。もっとポスターなどでアピールしてほしい」といった本音が聞かれるかも知れません。
運転者の意見を受け止め、現場の改善を模索するなかでコミュニケーションを深めて、個々の悩みや心配事なども話してもらえる関係性を築いていきましょう。
●運転者の運輸モードごとにメンタルヘルスが自己チェックできます
ちなみに、一般財団法人運輸振興協会では、「運輸事業従事者のためのメンタルヘルスガイド」という名前のサイトを運営しています。
このサイトでは、運転者個人がインターネット上で「メンタルヘルス こころの健康自己チェック」を行うことができます。
運転業務の負担はないのか、同僚や上司とのコミュニケーション、家族との会話などが上手くいっているか、不安がないかなど78の質問に4つの選択肢で答えていきます。
運転者の職種ごとに診断でき、業務に沿った悩みなどのチェックが可能です。
心身の健康を自己診断できますので、こうしたサイトを広く共有し、診断結果で不安が大きいという運転者には、個別に面接などを行うという方法があります。
※労働者が50人以上いる事業所では、労働安全衛生法の規定により産業医等の協力によるストレスチェック
が義務づけられています。50人未満では努力義務ですが、上記のチェック等を導入してみましょう。
※なお、すべての業種向けとして、厚生労働省もストレス自己チェックのサイトを運営しています。
→ 5分でできる職場のストレスセルフチェック (こころの耳)
●効率化を要求される運転者
連日報道されている2024年問題のニュースでは、トラック運転者の拘束時間・運行時間の減少が問題視され、様々な「効率化の工夫・大型化の要求」等が紹介されています。
一方で、荷物の問題ばかりに目がいき、働き方改革への配慮が弱く、むしろ運転者への要求度が上がっている面があります。
高速道路での大型貨物の制限速度が時速80キロから90キロに引き上げられたため、「それだけ速く行けるはずだ」と要望する荷主が出る恐れがあります。フルトレーラなど積載量の大きい車を増やすと輸送効率は上がりますが、運転者の負担も増えますので、スキルアップのためには時間をかけた指導が必要です。
●新しいシステムへの対応も必要
また、荷持ち時間を減らすために、発荷主や着荷主の現場でも、物流DX・入庫予約システムなどの導入が図られています。自動ピッキングの倉庫やロボット型リフトがパレット荷を用意する大手の工場があります。
これらは運転者の負担を減らす改善といえますが、一方で、運転者が新しいシステムに順応するためには一定の時間が必要となります。
さらに、中小零細の荷主では自動化等を即座に導入するのは難しく、畜産業や農林・水産業の現場に対して、運転者の負担を減らしてほしいと要求しても、荷主の現場も人手不足で苦労しているのが実情です。運転者が板挟みにならないように、真摯な話し合いを行い、問題を一つひとつ解決していく姿勢が必要です。
なお、時間規制が厳しくなり、自社の車庫を出発する時間がギリギリに設定され、今まで少し早めに出て、コンビニで休憩するなどマイペースで行動していたので、かえってストレスを感じるといった声もあります。
●副業の危険を意識しましょう
拘束時間や運転時間が減ると、歩合制賃金の場合、収入が減少する場合もあります。
長距離運行よりも、毎日帰宅する事ができる近場の運送に従事している運転者の中には、時間短縮を歓迎している人がいる一方で、歩合の減少を補うために「副業」を検討している運転者もいると考えられます。
長距離の泊まり勤務が減少したら、その分の空いた時間を使ってアルバイト的な宅配業務などに従事しようという考え方です。
もちろん事業所によっては、運転者の副業を禁止しています。
しかし家庭の事情で、どうしても今は収入を減らせないという場合は、転職したり会社に無断で副業に従事してしまい、過労や健康不安・事故の危険など、さまざまな問題を抱えることにもなりかねません。
運転者にアンケートなどを実施して、副業をしなくても何とか乗り切れないか、相談する姿勢を示すことが大切です。
●顧客も大事だが、運転者こそ最も大切
最近、「お客様は神様です」という言葉への批判が聞かれます。日本社会の「消費者優先主義」の弊害が指摘されているのです。
過剰なサービスに甘えた客が、従業員や窓口担当者などに無理難題を吹きかけ、ハラスメントとして社会問題になっています。
運転の現場でも、バスの乗客が運転者に些細なことで執拗に言いがかりをつけたり、トラック運転者に上から目線で対処し、断りなく消毒スプレーをかけたりする例がみられます。
歌手の三波春夫が「お客様は神様です」と言った真意は、神前で歌うように客の前では“雑念を払って澄み切った心で歌う”という意味だったそうですから、「客は神なんだから何を要求してもよい」という考え方ではありません。
例えば、全国的にバス路線の減便・廃止などが進み、利用者にとって公共交通の環境が悪化していますが、不便になったことに対する感情のはけ口は、運転者に向かいがちです。
顧客や乗客から「運転者が生意気だ」等とクレームがあったとき、運転者の言い分を聞かずに過剰対応し、すぐに運転者の責任に帰してしまわないように注意する必要があります。
本来、運転者とお客は人間としては対等です。信頼できる運転者にトラブルが発生したときは、相手側に問題のある可能性が高いので、ドライブレコーダーの映像を細かく調査するなど、慎重に対応しましょう。守るべきは運転者であった、というケースは少なくないのです。
●運転者名札を廃止する事業者があります
最近、バスやトラック・タクシー事業者で運転者の乗務員名札や車両後尾のネームプレートを廃止するという動きがあるのも、カスタマーハラスメント対策の一環です。
従来、「安全運転」「より良いサービス」を意識付けることや「顧客の信頼を得る」ために明示していたものですが、運転者の個人名を知って攻撃するような客がいる以上、個人の権利を守るためには、名札を外すのは止むを得ないという対応です。女性運転者が不安を感じたケースもあると報道されています。
自治体等では、窓口担当者が胸にかける名札をフルネームではなく名字だけにするという部署が増えています。名札を残す場合、せめて名字だけにするという配慮が求められます。
安全運転やサービスの意識付けは、名札がなくてもできると考えましょう。
●運転者に顧客ハラスメントの調査を
客の行き過ぎた行動としては、運転者に腹を立てた人がSNSなどに実名をあげて攻撃したり、車両の名札を撮影して実名公開し、嫌がらせを書き込んだりして発覚することがあります。
一方で、運転者が我慢をして自分の腹に抱え込み、1人で悩んでいるおそれもあります。
顧客の苦情は共有すべき情報であり、個人ではなく会社として対処する問題ですから、顧客や乗客の行き過ぎと思われる言動がないか、運転者から「聴く」機会を設けることが重要です。
社長や管理者には直接相談しづらいという運転者が多いので、社外の運転指導のコンサルタントなどに依頼して、安全指導の合間などにさりげなく聴いてもらうという方法もあります。
運転者の言い分やそのときの状況がわかった場合は、対策を「会社として皆で考える」というスタンスが望まれます。
先輩ドライバーから「こういう様に対応したらうまくいった」などのアドバイスを求めたり、話し合った上で顧客に対して「◯◯の行為はハラスメントに当たります」といった基本方針を決めてインターネット上の書面・掲示物などを作成して対処している例があります。
こうした活動の積み重ねで、運転者も会社を信頼して相談するようになり、安心して業務につけるようになります。
あるバス会社では、厚生労働省公表「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」に基づいて、カスタマーハラスメント基本方針を次のように定め、利用者に広報しています。
弊社では、従業員や運転者が謝罪・説明等の妥当な行動をとったにもかかわらず、次のような行為があった場合は、カスタマーハラスメントとして取り扱います。
なお、殴る・蹴るといった暴力行為は犯罪に該当しますので、即座に警察へ連絡します。
【参考ページ】
・「運輸事業従事者のためのメンタルヘルス こころの健康自己チェック」(運輸振興協会)
・「厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム」の最新版を公開 (厚生労働省)
・「5分でできる職場のストレスセルフチェック」(厚生労働省)
・「職場におけるハラスメントの防止のために」(厚生労働省)
・「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等を作成しました(厚生労働省)
・「カスタマー・ハラスメントに対する取り組みと課題について」(JR連合)
ホーム > 運転管理のヒント > 危機管理意識を高めよう >運転者の悩みと向き合っていますか
生活や業務の中で生じるストレスとの付き合い方がうまくいかないと、イライラしたり身体にも不調が現れ、事故やトラブルの遠因となるなど、日常的に様々な悪影響が出てきます。
その一方で、ストレスにうまく対処し付き合っていくことで、やる気を取り戻し、心身への負担を軽くすることも可能です。
本冊子では、ストレス構造の仕組みを知るとともに、仕事やプライベートで感じやすい6つの代表的なストレス要素について、ストレスにうまく対処し、付き合っていく方法を学ぶことをねらいとしています。(監修:金光義弘川崎医療福祉大学名誉教授)
書は金光義弘氏(川崎医療福祉大学名誉教授・NPO法人安全と安心 心のまなびば理事長)が長年の研究と実践で培った知識と経験をもとに、現在の交通問題について50の提言をまとめた1冊です。
提言は、リスクマネジメントや危機管理体制の基本、ストレスや健康管理ミスが交通事故の原因になる仕組み、これからの交通社会を担う子どもの安全教育まで、交通心理学の知見をもとに、幅広いジャンルから解説しています。
運転者指導の基本と交通問題解決の指針に触れることができ、朝礼話題の題材探しにも活用できる一冊です。
労働施策総合推進法の改正によって、法制化されたパワーハラスメント対策。
このシリーズでは、パワハラ定義の3つの要素と6類型を紐解きながら、6つの事例(オフィス、作業現場、パワハラと指導の違い、指導をパワハラと言われないために、パワハラを解決するには、パワハラの相談を受けるには)を6巻に分けて紹介しています。
監修・解説:金子雅臣(職場のハラスメント研究所所長)
制作:株式会社アスパクリエイト
職場での嫌がらせ、いわゆるハラスメントは深刻な社会問題となっています。
本DVDはセクハラ、パワハラ、マタハラの基礎がまとめられた教育用DVDです。
それぞれのテーマについて、定義や判断基準を事例もとに解説しています。それぞれグレーの事例となっていますので、ハラスメントか否かの理解をより深めていただけます。
新人の研修はもちろん、時間の取りにくい管理職の教育にも最適の映像教材です。
監修:金子雅臣(職場のハラスメント研究所所長/労働ジャーナリスト)
プロのトラックドライバーとして知っておかなければならないマナーとモラルやセクハラ・パワハラを防ぐための意識改革などについて実践的に解説しています。
運転場面や得意先・社内での対応場面15事例を収録、イラストでマナーの悪い例やモラルの低いドライバーの姿を描いています。
これらの事例がどんな問題につながるか、ドライバーが考えて記入する参加型の教材となっていますので、マナーやモラルについて考える機会となり、改善のキッカケとなります。
監修:酒井 誠
(一般社団法人 日本プロドラ育成サポート代表理事)