歩道を歩いていたら小学生の運転する自転車に追突されて怪我をしました。おかげで大切な商談をフイにしてしまったのですが、加害者である小学生の親に損害賠償請求はできますか?
交通事故が起きた場合、交通事故の加害者は被害者に対してその生じた損害を賠償しなければなりません。
自転車による事故の場合には運行供用者責任は生じませんが、民法上の不法行為責任は生じますので、損害賠償請求の問題になります。
ただ、質問のような事故の場合、加害者が小学生である点が問題となりますし、また「大切な商談をフイにしてしまった」点まで損害賠償請求できるかという問題もあります。
故意または過失によって他人の権利等を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負います(民法709条)。
しかし、民法712条は、「未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識(※)するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。」としており、未成年者は一定の場合、損害賠償責任を負わないと定めています。
この「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能」は「責任能力」といわれますが、これは道徳上不正の行為であることを弁識する知能の意味ではなく、加害行為の法律上の責任を弁識するに足るべき知能をいうとした判例があります。
つまり、単に良い悪いの判断が出来る程度ではなく、自分の行為によってどのような責任が生じるかの判断ができる程度の知能を有している必要があります。
裁判例によれば、概ね12才以上で責任能力ありとされていますが、責任能力の有無は、各事案の具体的事情によって異なるため、11才で責任能力を認めた事例もありますし、13才でも責任能力を認めなかった事例もあります。
未成年者であっても責任能力が認められる場合は、その未成年者自身が損害賠償責任を負うことになりますが、責任能力が認められない場合には、その未成年者は責任を負わないことになります。
(※)弁識・・・物事の道理を理解すること
ただ、未成年者に責任能力がない場合でも、被害者は全く請求ができないわけではありません。
民法714条1項本文では、「責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」としています。
「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」は、未成年者については一般的には親権者です。同条同項本文は、未成年者に責任能力がない場合には、親権者が損害を賠償する義務を負うことを定めています。
なお、同条同項但書は、「ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りではない。」としています。これらを立証できれば、親権者もその責任を免れることになります。
監督義務の内容や、義務を怠ったかどうかについては、裁判においては事案に応じて各事情を検討して具体的に判断されますが、質問のような小学生の自転車事故の事例の場合には、親権者が監督義務を怠らなかったことが認定されることは難しいでしょう。
自転車には運転免許制度等もなく、誰でも乗ることができるものであり、そのため親権者には未成年者に対して、自転車の運転時の注意点を教え、安全運転するよう指導・監督することが求められているといえます。
そして実際に自転車で事故が生じた場合には、親権者がその義務を怠らなかったといえる場合や、怠らなかったとしても事故が発生したといえる場合は少ないと考えられます。
なお、本件のような過失による自転車事故にはあまりあてはまらないと思われますが、未成年者自身に責任能力が認められる場合でも、親権者にも不法行為責任が認められる場合もあります。
判例には、未成年者が責任能力を有する場合でも、監督義務者の義務違反自体と、生じた損害結果との間に相当因果関係が認められるときには、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立するとしたものがあります。
未成年者の不法行為のケースでは、未成年者に責任能力があったとされても、損害を賠償する資力がないことが多く、親権者の責任を認めることで被害者の保護が可能となるケースも多いため、判例でもそのような具体的な事情をふまえて責任能力の判断をしている場合もあるといえるでしょう。
損害賠償の範囲の考え方については、議論はありますが、一般的には、当該事故と相当因果関係にある損害が賠償すべき範囲とされます。そして、相当因果関係が認められるのは、その損害が通常生ずべき損害といえるかどうか、また特別の事情によって生じた損害であっても、当事者にその損害の発生を予見できたかどうかによって判断されるといわれています。
そのため、事故で被害者に生じた怪我の治療費等は、当然賠償の範囲に入ります。しかし質問のように、「大切な商談をフイにしてしまった」という損害まで請求することは困難といえます。
同損害自体、利益が不確定であり、具体的に金銭的な評価をすることも難しいですし、また通常生ずべき損害とはいえず、加害者側にはそのような損害の発生まで予見することは難しいからです。
(執筆 清水伸賢弁護士)